我が子を愛するが故に、狂気へと向かう両親の姿を描いたホラー 映画
『鬼子母神の子守唄』
劇場公開:2012年、監督・脚本・撮影:八十川 勝
インタビュー:橋本幸子
八十川 勝監督といえば、“死”を誘発させる病原ウイルス「ゾンビチャイルド」(2009年製作)で、学校や家庭で抑圧された子供たちによる“自殺・殺害・抑圧・復習”の連鎖(れんさ)で注目され、あれから3年! ホラーはもう撮らないと言っていた監督が再びホラーに挑んだ話題作「鬼子母神の子守唄」(きしぼじんのこもりうた)第一弾(2012年劇場公開)。
それは何一つ不自由のない幸せな家庭のたった一つの、そして、けして人に知られてはならない秘密を描いた“あまりにも悲しく切ない”ホラーだった。
脚本も兼ねた最新作「鬼子母神の子守唄」第一弾 の製作秘話などお話を伺った。
(インタビュー取材:橋本) 2013/08/01
八十川 勝
―― 最初に、監督が『鬼子母神の子守唄』を製作したきっかけから教えて下さい。
八十川:私のことを知る人たちからは「なぜホラーを?」と聞かれることも多いです。
当時、映画関係者のための交流サロン〟「KINEMIC(キネミック)」(2012年3月終了)に参加していて、その会が主催した「KINEMICwith娯楽映画」という、7人の監督がクジ引きでジャンルを選び、選んだジャンルの映画を製作する!-という企画があったのですが、私が引いたジャンルが「ホラー」だったのがきっかけでした。
―― 前作の衝撃シーンとはまた違った印象を受けました。
八十川:前作とは違うものを意識して作ったわけではないのですが、ホラー映画をみた人の感想は「怖かった」「怖くなかった」など、“怖さ”を話題にしているのをよく聞きます。
ホラー映画は、見ている人を恐怖のどん底にどう叩き落とすかなど、映画を見終わった後の“衝撃”さを描き、脚本の中は過激なシーンが多く登場します。
今作はただ、ホラー映画というジャンルだけでなく、ホラーという中にも“人間の感情” や “想い”、そして“切なさ” を出したかったんです。母と娘、父と娘の関係を描きたいと思い製作しました。
―― 本作品の本質でもある“親子愛”の根源を教えてください。
八十川:“母と娘、父と娘”の関係をホラーという切り口で「鬼子母神」を描きました。
「鬼子母神」というのは子育ての神様(女神の名)で、鬼子母神の文字を見ると、「鬼と神」の間に「子と母」があり、子供が鬼に近く、母が神に近く、親子関係そのもののを表しているかのように思います。その読み方は、“きしぼじん”とも読みますが、“きしもじん”が正式名称のようです。
―― 「鬼子母神」のことをもう少し詳しく聞かせてください。
八十川:「鬼子母神」は日本の中にいくつかあって、中でも「法明寺(東京・雑司が谷)」の話が有名です。法明寺の“鬼子母神像”は、鬼形ではなく、羽衣のような衣を羽り、幼児を抱いた美しい姿をしています。
(以下、三省堂 大辞林 より引用)
きしも-じん 【鬼子母神】
安産や育児の神。また、法華経護持の神ともされる。天女の姿をとり、胸に一子を抱いて左手を添え、右手には吉祥果(きちじようか)を捧げる。ときには鬼神形のものもある。もと幼児を食う悪女であったが、仏に自分の末子を隠されて親の心を知り、仏教に帰依(きえ)したという。きしぼじん。歓喜母。愛子母。訶梨帝母(かりていも)。鬼女。
八十川:“鬼子母神像”の話を聞いた時は、少し恐ろしい感じを受けたのですが、見てみると、そこには子供の神様のような母の想いがぶわーって込み上げてきました。
私自身は、本当に何不自由ない普通の家庭で育ち、両親が居て兄弟がいて学校にも行かせてもらい、本当に普通すぎるくらい普通で、それが当たり前に育ったのですが、社会に出てみると、周りには“母子家庭”で育っている子や“実の親ではない家庭”で育った人も居たり…と、テレビでも映画でもない現実にいろんな家庭環境があるんだ…と、あまりにも自分が普通だったということに衝撃的でした。そして、そこにはいろんな親子愛があることも感じました。
今作のストーリは、「親子の切ない愛」=“鬼子母神”の意味に辿りつき、それがこの映画のテーマになりました。
―― 映画のタイトル「鬼子母神の子守唄」という名に込めた想いは?
八十川:2011年10月にクランクインしたのですが、タイトルがまだ仮の状態でした。
その頃の“仮タイトル”は、「なおこ ~渇望は留まる事の知らない無償の愛へ、愛は果てることのない狂気へ~」だったのですが、たぶん完成のころには変わっているだろうなぁ--と思っていました(笑)。
“タイトルは単純でわかりやすいほうがいい”と思い、数十個は考えたのですが、しっくりこなかったんです。そんな時、友人が「親子の切ない愛」は「鬼子母神」そのもの--と言った時に、ヾ(〃^∇^)ノ それで行こう!と思い、今作のテーマである親子愛の「鬼子母神」をそのままタイトルにしました。
―― 現場でのエピソードなどお伺いできますか?
八十川:撮影初日に大きな問題が(笑)。いやあ~、あれは想定外でしたね。
撮影用に借りた部屋は猫さんが住んでいたのですが、かなり大きな問題になりました。--というのも、主演の女優さんが極度の猫アレルギー!だったもので、このまま喘息で死ぬんじゃないかと本気で心配しました。
2日目の晩は、もう撮影どころの状態ではなかったため、スケジュールを変更して撮影を早々に切り上げ、撮影場所の部屋から一旦猫さんに出てもらって、猫アレルギー対策をしました。
撮影にトラブルは付き物ですが、無理やりクランクイン(^^;しました。
―― 直子役を演じた主演の夢原まひろさんのイメージを教えてください。
八十川:2011年9月にキャストの方々が決まりました。主演には夢原まひろちゃんを抜擢しました。
まひろちゃんは、前作のホラー映画「ゾンビチャイルド」(2009年)に出演してもらった縁があり、「なにかまた一緒に取り組めたらいいね」と話しており、それがこの映画で実現しました。
(写真:キャストが決定した顔合わせ当時、母親役の伊織ゆきさん(左)と、娘・直子役の夢原まひろさん(右)、2011年09月撮影)伊織さんは写真では若いですが、映画の中では老けヤツレ顔になっていただき、まひろちゃんには、グロくなってもらいました。)
まひろちゃんのファンの方からすると、ホラーとまひろちゃんのイメージが合わないと思いますが「鬼子母神の子守唄」の主演には、まいろちゃんがぴったりなんです。
ホラー映画という演出には必ずといっていいいほど女性の悲鳴を使って恐怖を高めるシーンを使うのが定番なのですが、悲鳴や叫び声といった恐怖演技を得意とする女優さんは沢山います。今作品は絶叫するような悲鳴効果は使わない…。じゃぁ…、、、誰に?。
主役候補の方が複数上がった際、私の中でまひろちゃんの顔が浮かびました。
恐怖に追い詰められた顔つきは、表情が引きつって醜くなる顔を大胆に表わしてもらうのですが、まひろちゃんは、決して絶叫ホラー向きではありません。しかし、この作品にはそのままのまひろちゃんでいいんです。「鬼子母神の子守唄」は“親子の切ない愛”を描いた作品であり、主演女優の純粋さが物語を引き立たせてくれています。
まひろちゃんを見ていると、両親の愛情をたっぷり受け、誰もが癒される愛おしさを持っています。ちょっと精神年齢が低いと本人も言ってますが~(*´∀`*)笑。
主役の直子が玄関で母親に見送られる時の“はい!行ってきます”のあどけなさは、演技ではなく、まひろちゃんそのものなんですよっネ!
―― 監督が撮影現場で大切にしていることは?
八十川:現場では自分の思い描いた絵だけを求めるのではなく、キャスト自身の想像力、台本にないシーンのアドリブ演技も大切にしています。
(写真:撮影現場では監督をはじめとするスタッフによって次々と加えられていくアドリブシーン。)
それから、時間に追われるハードワークに耐える体力と気力も必要不可欠です。
撮りたい映像のイメージに合ったロケ地の候補地を選定することも。製作スタッフの連携も大切です。
撮影ロケ地の承諾を得る際に、“ホラーじゃなかったらねエ…(w_-; ウゥ・・.”と言われる事も多いんですよ。
急きょの事態にも同じ想いで動いてくれる制作スタッフや、描いたイメージをどう撮るかなど、映画の中で外せない存在=周囲の声を大切にしています。
また、俳優のスケジュール調整も主な仕事です。もちろんシーンに直接影響しますので自ら連絡します。他の作品と掛け持ちで出演してもらう俳優さんの場合、撮影日が重なっても駆けつけてくれたり、無理な移動にも対応してくれ、短時間でOKの演技をしてくれるキャスト・スタッフの皆さんには常々感謝しています。
―― 監督でご苦労されることはどんなことですか?
八十川:映像制作に取り掛かる前の作業全般です。あっ…、いやぁ~、撮っている間も全てですね(笑)。
出演者や制作スタッフの決定、制作の実行予算、スケジュールの策定、脚本の作成、撮影小道具や映像イメージに関する手法など、制作現場を統括する責任者(監督)として、企画からストーリを立て、脚本を描き、シーンを構成して、出演者や制作スタッフを選び、演出効果、音響・照明、演技指導、編集、プロモーション等々、作品全ての責任を持って取り組んでいます。
とは言え、なかでも“キャスト候補の選出”は、やはり一番苦労していますね。
映画は“共感できるかどうか…?”が すごく重要視され、描いたこの脚本をどんな風に演じてもらうかで、それが感動ポイントだったりしますからね。
そして、最後に映画配給会社に出すデータファイルを編集する作業も大変です。
(写真:編集上カットしてしまったお気に入りのシーン。小学校の教師でもある父が校長室から出る後ろ姿です。)
撮り終えた映像をカットして繋いでいき、音楽や効果音を入れ、キャストの声を重ね、タイトルを入れ、エンドロールをつけて最終形にしていくといった、映画の出来映えを決定づける最も大切な作業なんです。
ホラー映画の編集をしている時は、まさに今の自分が“ホラーだ!∑ヾ( ̄0 ̄; )”と何度も思いました(笑)。
―― 前作の衝撃作「ゾンビチャイルド」は、兵庫県ですべて撮影をされたとお聞きしています。今回の撮影場所は?
八十川:「鬼子母神の子守唄」の撮影地の殆どが兵庫県内が中心です。地元を映画のロケ地としてあらためて見つめる機会を持つ事で、これまで気付かなかった風景や人々の営みを見ることもできます。
学校のシーンが出てくる時は、廃校になった学校を使わせていただくこともあります。
今回は家の中でのシーンも多く、特殊メイクも別部屋で準備しながら行えました。
(写真:前作の「ゾンビチャイルド」にも出演してもらった高尾五色季ちゃん。腕を食べられた特殊メイクが完成。撮影本番前の様子)
DVDのジャケットにもなった直子と父が歩く印象的なシーンは「三田市」の道路です。高級住宅街ではなく、郊外の閑静な住宅地に住む平凡な家庭を描いた物語にはぴったりの背景でした。どの映像の風景も、私自身がこだわって歩いて辿った場所です。
―― 発売されたDVDの挿入歌についてお伺いできますか?
八十川:「鬼子母神の子守唄」が初めて劇場で上映されたのが神戸だったのですが、その時は、地元神戸の「ほっとステーション」を収録した神戸上映用に編集したものです。
全国発売のDVDは、収録時間の制限もあり、残念ながらその部分はカットされていますが、挿入歌「ほっとステーション」は、神戸のシンガーソングライター 北勝暉人さんのオリジナルソングで、地元の道を走る車の中で流しました。まさにローカルシーンならではのローカルソングで私は気に入っています(笑)。また機会あれば、どこかの劇場で“神戸版”を上映したいですね。
―― 「鬼子母神の子守唄」を振り返っていかがですか?
八十川:「KINEMIC(キネミック)」のプロジェクトで、ホラー映画のクジを引いた時は突然のことで、“0からの製作”だったのですが、紆余曲折(うよきょくせつ)しながら脚本を膨らませ、作り上げたストーリーは、私自身いままでになく“悲しく、切ない”…、そして“怖い”物語でした。
2011年12月25日にクランクアップ(全ての撮影が終了)した時、臨機応変に対応することの大切さを再認識していました。
(写真:12月25日にクランクアップ後のクリスマスパーティの様子。皆さんお疲れ様でした。)
今から振り返ってみても、KINEMICからの1通のメールがきっかけで“クジ”に参加し、またしてもホラー映画を撮ることになりましたが、2011年の私の原動力の一つになっていたなぁ~と思います。
監督 八十川 勝
甲南大学 理学部卒後、映像プロダクション勤務の後、専門学校講師などを経て独立。「垂水映画」を立ち上げて映像作家、映画監督として活躍中。中編映画『鬼子母神の子守唄』(2012)に続き、2013年、初の長編映画『ひよこカラー』を完成した。 2011年、OSAKA LOVERS CMコンテスト 大賞、2013年、宍粟市知名度アップCMコンテスト 優秀賞、ラブドリ・恋愛クリエイター大賞 審査員特別賞。
他多数